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(「゚Д゚)「ガウガウ

11日のこと②

木梨サイクルを後にして、とりあえず祖師ヶ谷大蔵駅へと向かう。

友達二人が駅前で写真撮ったりしていて、私は磯野さんとの会話を思い出しながらふらふらしてたら職場の後輩から電話が。

電話してきて「俺だけど」って、上司の私に向かって何様ですか?

しかも電話の内容もひどすぎて…友達がいたから怒りは抑えたけど←

 

そこから、えっと………

え、あれ、どこか寄ったんだっけ?????

祖師ヶ谷大蔵の駅前から、いつのまにか車に乗ってレイクタウンに着いた頃までの記憶がない………

倒れた時の後遺症で記憶障害があるから、それで覚えてないんだけどね。

 

記憶飛んでるけど、越谷レイクタウンへ。

実はレイクタウンに着いて車を降りた時に腫瘍の痛みが暴れ出した。

駐車場から店内へと向かう道中友達二人は早歩きで先を行ってたけど、私は痛くて立っていられず思わず地面に膝ついてしゃがんで耐えて…

友達に「待って」って声かけたけど、二人の元には届かなかった。

それでもついていかなきゃ、と、意地でも立ち上がって二人の元へ。

私が行きたいお店まで、なんとか歩き続けようと必死。

 

…やっぱり痛くて、ちょっとだけ腹部を抑えながら歩く。

例えようのない激痛と共に歩いてたら、横を歩いてた友達が私の異変に気付いてくれた。

早々とレイクタウンを後にして、駅へ。

 

心の中で、地元駅まで支えてほしいという思いと、苦しんでるところを見られたくないという思いの間で揺れた。

結局断ってその場で別れた。

 

気分悪くしないで欲しいんだけど、人によって支え方って違うからね。

車で家まで送ってくれる人、タクシー代くれてタクシー呼んでくれる人、地元駅まで送ってくれる人、手は貸さずに見守ってくれる人…様々で、正解などないし、その時々によって私が求めるサポートは変わってくる。

最後の最後にそんなことがあって、今回誘って出掛けたことは果たして正解だったんだろうか、と今更ながら考えてる。

私から思い出作りに協力してと言いながらも、症状が出て心配迷惑かけたら何も意味がない。

 

とにかく、とにかく痛かった。

翌々日に病院行ったら怒られた←

「今回出血してないからよかったけど、これで出血してたら命落としてたよ」だって。

それならそれで、ね。

遊びに行った帰り道で死ななくてよかった。