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(「゚Д゚)「ガウガウ

病気について②

余命宣告された時の気持ちは「どうして私が」ではなく「私でよかった」と思った。

私はいつだって死を意識してきた。

人脈が広い訳ではないけど、今までたくさんの葬儀に参列してきて、死については身近に考えている方だと思ってる。

遺書は16歳の頃から書いていて何かあるたびに書き直し、自分の葬儀についても決めていて、死後にかかる資金も用意してある。

みなさん、そういうことちゃんとやってますか?

若くても「いつかやろう」じゃ遅いよ。

 

余命宣告されたことを知人に話すと、反応は様々。

黙ってしまう人、泣かせてしまった人、怒らせてしまった人もいた。

黙らせてごめんなさい。

泣かせてごめんなさい。

怒らせてごめんなさい。

今までもこれからもそこにいると思っていた人が、確実に死へのカウントダウンをスタートしていると知って普通でいられる方が珍しい。

 

それでも、今までと変わらず接してくれる人がとても愛おしく思います。

いちいち体調を気にせず、気軽に外に連れ出してくれたり、意味もなく電話で話してくれたり、その中でさりげない気遣いがある。ありがとう。

 

死にたいくらい辛いことがたくさんあった2017年だから、手遅れの病気だとわかったのは締めくくりとして最高の出来事。笑えないけど。

 

現在は当然のように薬で治療をしてるけど、私の意思で服用するのをやめる可能性は十分にあります。

副作用に縛られ生活を制限されながら延命するなら、薬をやめて明日死ぬかもしれない状況でも好きなことやっていたい。

死ぬ怖さはなくて、副作用の方が辛い。

今はまだ様子をみている段階で、まだしばらくは薬に頼りますが…。

 

いつか本当に苦しくなったら自ら命を絶つかも知れない、でもその道を選んだとしても、私の主治医や家族など私以外の人は責めないでくださいね。

そうすると決めたのは、私だから。

 

③に続きますが、ひとまず休憩。

次に書くのは違うこと。

病気については気長に書いていきます。